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走る!ゆうゆう。親子☆

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カテゴリ:妊娠編( 8 )

2003年切迫早産になってました

妊娠8ヶ月。自宅安静が言い渡され、本当に家事もしなかったゆうゆう。
検診・診察の度に「ほんまに寝てるんやな~」と先生に言われていました。
どういう意味ですか?先生。寝てろって言ったのあなたじゃないですか?
どうも早産になってもおかしくない状況らしく「頑張ってるわね~」とも言われていました。

安静にしていれば、妊娠状態が保てるわけだが、ろくに出産準備もできていない。買い物にも行けない・・・。
そして、通販のカタログを取り寄せ、ごろんごろん眺める日々。
だんだん、通販カタログマジックにかかり、ついに注文。
通販って便利♪

あと、携帯で応募していた「マトリックスリローテッド」の試写会が当たったりした。地元テレビ局の主催でテレビCMでもバンバン流れていたもの。
当選者のみメールが届き、パパに転送するとパパはるんるんで帰って来た。
しかし、劇場は車で1時間。3時間も座る自信もない。
お出かけはドクターストップがかかっているし、映画中に産気づいても嫌なので泣く泣くあきらめ、パパは友達と観に行ってしまった。
映画を観たパパは「すごかった。良かった。」の連発。
2000件の応募の中、当たった100件(ペアなので観れるのは200名)
ということともあり、お得度UPでパパは超ご機嫌でした。
ゆうゆうは「ずるいわ!卑怯者!裏切り者!」とものすごく悔しかったです。

この頃の日記には、おもしろいくらい「えらい・しんどい・つらい」と書かれていました。当時の本人は必死で気にもしてませんでしたが、今見るとよく2ヶ月間毎日同じこと書いてるわ・・・と自分ながら思いました。
通常、臨月まで検診は2週間に1度。
しかし、ゆうゆうは間で診察という形で受けるので8ヶ月から出産までの2ヶ月間、毎週病院通い。つまり、お金も倍かかっていました(泣)
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by yuyu3711 | 2004-07-03 10:48 | 妊娠編

2003年切迫早産になってしまいました

8ヶ月まで、体重管理も問題なし。むくみも便秘もなくお気楽妊婦でした。
貧血の検査においては、ヘモグロビンが通常の妊婦の倍をマークし、先生に「他の妊婦さんに分けてあげれるわね~」などと言われるくらいでした。

一転、胎児ドックで分かった切迫早産。
早産とは、妊娠22週から37週までの間に出産してしまうことです。
切迫早産とは『このままだと早産になりそうだ!』という状態を指します。
つまり、安静にしていれば妊娠状態を保てるということです。
赤ちゃんにとっては1日でも長く、おなかに滞在して頂かないと困ります。
ゆうゆうは、自宅で薬を飲み、トイレ以外は安静にしていればOKでしたが、ひどいと入院し1日中点滴三昧だそうです。それも、最低でも1ヶ月。
さらに、ひどければ子宮口をしばる手術を施すそうです。

ゆうゆうは、風邪と同じで薬を飲んで寝ていれば治ると思っていました。
母(ババ)を週2で呼び出し、掃除・洗濯をしてもらいました。
パパの休みには、もちろんパパにしてもらいました。
週に1回は気分転換を兼ねてスーパーに行ってました。本当はダメですけど。
家事も全く行わず、本当に寝ていました。
そして、診察の日。
前回より状況は良いと言われたものの、動いても良いとOKが出ません。

症状としては、おなかが張ります。
おなかが張る=子宮が収縮している時=赤ちゃんを出そうとしているんです。
ゆうゆうもおなかが張る感覚が分からなかったのですが、通常のおなかが水風船にたとえると、張った時は空気を入れ過ぎた自転車のタイヤです。
おなかはカチンコチンになります。
おなかが張り出すと速攻布団です。
20分で張りが取れることもあれば2時間張り続けることもありました。

あと、ものすごく気だるいです。
(薬の影響でホルモンを抑えているのでプチ更年期障害状態では?!
とお友達が言ってました。口コミなんで間違ってるかも。)

こんな生活が丸二ヶ月も続くなんて、この時は想像もしていませんでした。
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by yuyu3711 | 2004-06-23 11:11 | 妊娠編

2003年衝撃の胎児ドック

通院していた病院では胎児ドックを推奨していました。
なんでも、おなかにいるうちから心臓や脳に障害がないか早期発見できるとか。先生も国際的に胎児ドックの名医。初めての子供だし、国際的に有名な先生だしということで受けてみることにしました。

国立の小児病院の産婦人科へGO!
あいかわらず、小心者。かなりビビりつつ診察台へ。
なんてことない、普通の妊婦検診とかわりませんでした。
内診の時、先生が「短いな・・・。」と一言。
何が短いのかしらん?
腹部エコーではあいかわらず顔をそむける息子が見えました。

診察が終わって先生の説明です。
私には切迫早産という病名が付きました。
自分がどんな状態なのか、その単語が何を意味するのか分からず、ボロボロ涙が出ました。別に悲しくもつらくもありません。
分からないまま泣き続けました。ただ不安でした。
その時に記憶にあるのは、子宮の入口の長さが8ヶ月の状態では短いということ。それだけです。

しばらくして涙も止まり、落ち着いたので運転して帰ることにしました。
ボーっとしながら、病院を出て信号を1つ越したところで、また涙が出てきました。今、考えるとよく無事に帰宅できたな~と思うくらいアクセル踏んでました。
帰宅後、泣いたりボーっとしたりを繰り返しているうちに、胎児ドックの結果を聞いていないことに気づきました。
うちの赤ちゃんの脳や心臓は異常ないんかな~???

後日、赤ちゃんには異常がないことが分かりました。
切迫早産については、また今度書きます。息子が起きちゃったんで(;^_^A
気持ち悪いって?まぁ、また今度。
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by yuyu3711 | 2004-06-16 10:58 | 妊娠編

2003年楽しんでいました妊婦生活2

女の子だと思い込んでへこんでましたが、気分も一新!男の子の子のベビーグッズを買い集め出しました。
靴下やスタイは小さくてかわいいです。
肌着もはじめはチンプンカンプン。
短肌着・コンビ肌着とは何ですか?何が違うの?
 短肌着は半袖でおへそ丈。
 コンビ肌着は長袖で股下でスナップで止めれます。
冬は短肌着の上にコンビ肌着を重ねます。

セットで買うと、すごくかわいくて買い過ぎました(;^_^A
ゆうゆうはおなかが隠れるのでコンビ肌着が好きでした。それに夏生まれの息子はコンビ肌着1枚で十分でした。あまり着ない短肌着はいっぱい・・・。
哺乳瓶もおしゃぶりもミッキーちゃん♪
タオルケットも綿毛布もミッキーちゃん♪
しかし、長くは続きません。本やネットで調べては、アレもいる。コレもいる。
それにキャラ物は値がはるので次第にノーブランド化。

肌着の上にはドレカバって言うのかな?
(もう1年前で記憶が曖昧です)
前開きのスナップの服で2ヶ月くらいまでは、スカート状に止め、3ヶ月頃からは足を動かすようになるので、ズボン状にスナップを止めます。
これがかなり、うっとおしい。おむつ替えの度にプチプチ留めないといけないんです。
平行してママグッズも購入です。
マタニティブラ・ショーツ(恐ろしく巨大)・腹帯。
腹帯もガードルタイプ・コルセットタイプ・さらしタイプがあります。
ガードルは夏場はムレるのでパスしました。
コルセットは名ばかりで巨大腹巻です。寝る時に愛用しました。
私は昼間はオーソドックスな腹帯をぐるぐる巻いていました。
ただ、洗濯を干す時にかなりみじめな感じがします。なぜか。
こんな感じで買う物はいっぱい。それを買うお金には限りがある。
旦那よ!頑張れ!私も頑張るから!!そんな毎日でした。
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by yuyu3711 | 2004-06-15 11:25 | 妊娠編

2003年楽しんでいました妊婦生活

季節も春ということで、花見じゃ!ランチじゃ!買い物じゃ!とかなり楽しんでいました。
5ヶ月頃、ゆうゆうはおなかの赤ちゃんは女の子だ!と確信していました。
母親になる女の勘です。家族にも友人にも断言してました。
ふりふりのヒラヒラです。

検診の日。検尿と体重測定。
できるだけ生地の軽い妊婦服をチョイスして挑みます。昔と違って、今は体重管理もママになる為の義務です。昔のように二人分食べなきゃいけない!というのはご法度です。太り過ぎて産道に肉がついて難産になると嫌ですもの。

腹部エコーの時に待ちに待った瞬間がきました。
先生に「性別は言ったけ?」
ゆうゆう「まだです。」
先生「え~。知りたい?」
ゆうゆう「知りたいです!ぜひ教えて下さい!!」
先生はぐぐ~っと赤ちゃんの足である方に移動し、
「これが、おちんちんで~これが、たまたまで~こういううのが付いている子のことを男の子と言いまぁ~す♪」と笑顔でおっしゃいました。
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へ?たまたま?女の子にたまたま無いよね?ゆうゆうには無いもん。
男の子?私の赤ちゃんは男の子?ふりふりのひらひらできへんやん。
マジっすか!女の子の名前まで考えていたのに・・・。

その後、素で落ち込みました。
パパが帰宅後も「女の子じゃなかった。」とブリブリ言っていると、息子に腹をボコボコ蹴られ抗議を受けました。今じゃ、息子にメロメロですけどね。
母親になる女の勘は大ハズレでした(;^_^A
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by yuyu3711 | 2004-06-11 12:18 | 妊娠編

2003年戌の日

安産祈願にも行き(ちなみに祈祷料は1万円)、私の戌の日がきました。
犬(戌)は、多産でありながらお産が極めて軽いことから、昔から安産の守り神として愛されてきました。十二支を年に配して、12日に一度「戌(いぬ)の日」があります。妊娠5か月目の戌(いぬ)の日に、安産を祈って腹帯を巻きます。

この頃には、腹もぽっこり出はじめてきました。
つわりも無くなり、ご飯がおいしくておいしくて、たまりませんでした。便器さん、さようなら♪炊飯器さん、こんにちは♪ってな感じでしょうか。
あと、いくらでも寝ていました。就寝後、朝まで目も覚めず、二度寝に昼寝は当たり前。ぐーたらな日々を送っていました (^^;)
さてさて、腹帯を持って巻いてもらおうと実家に行ったが、実母不在。
ん~仕方がない。
たまたまいた独身の妹に「巻いて」とお願いしたところ、
「そんなん巻いたことないからできん!」と速攻断られた。
結婚も妊娠もしたことがないのだから断られて当たり前。でも二人で腹帯の箱に書いてある説明書きを読みながら、んしょんしょと巻いた。
ちょっと、妊婦らしくなりました。

これは3Dカラーエコーの息子です。
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正面を向いて体を丸め体育座りをしているのがお分かりになるだろうか?このエコー写真が原因で、ぴーまんと呼ばれる息子だった・・・。
(・(x)・)さん、謎は解けたでしょうか?
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by yuyu3711 | 2004-05-27 11:16 | 妊娠編

2003年つわりに泣きました

年も明け、つわり絶好調の毎日でした。
基本的に朝から晩まで無休で口の中は胃液の味がしていました。アメやガムを口にしていると和らぎますが、1日中食べられるわけもないので、耐えられない時と人と会う時には必需品でした。
よくドラマで、うっ・・・なんてやってますが本物は違った!
本気で涙目でおーえーっです。便器とベストフレンドになれますよ。

この時期は、子供がどんどん成長していくので、毎回の妊婦検診が楽しかったです。1回5000円で高いんですけどね・・・。
毎回、小心者の為、血圧測定は毎回測定し直しでしたけど(;^_^A
今日の赤ちゃんはどんなかな~♪
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うげっ!
なんじゃ、こりゃ。私のかわいい赤ちゃんじゃyない!
ガイコツじゃん。がちょ~ん( °◇ °)


私の中には間違いなく人間がいるらしい・・・と確信した日でした。
これを、実母に話したところ、「あんた、人じゃなかったら何産む気なん?」と言われました。確かにね。母ちゃんの言う通りだよ。
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by yuyu3711 | 2004-05-26 10:58 | 妊娠編

2002年妊娠しました

友達の赤ちゃんを見てから、なつかしくなったので、妊娠した頃を思い出して書いてみようと思います。

2002年12月。
私はパート先の人に、微熱と胃の調子が悪いから風邪かな~。やたらと気だるいし、あと冷えよるんかトイレが近いんや。
などと話していると「「妊娠しとるん違うん?」
ん~確かに今月はそろそろやな~。
帰りに小心者なので検査薬をビビリながら購入。
家まで、なんか悪いことしてるみたいでビクビクしながら帰りました。

トイレへGO!
おおおおおおおおおおおおおおお~!
陽性反応の縦線がバッチリ出ているじゃあ~りませんんか!!


翌日、産婦人科へGO!
初めての産婦人科。またまた、ビビリながら尿検査をして診察室へ。
これが有名な診察台ですか?と思いつつ「どうするんですか?」とまぬけな質問に笑顔で看護婦さんに教えてもらい初・診察台へ。
私が通った産婦人科の診察台は、座る時点で開脚になるものでした。そのまま、美容室で洗髪する要領で後ろに倒れます。
診察が始まると壁のモニターに私の子宮が映し出され、小さい豆みたいなのがピクピク動いていました。正直に言います。
私は猛烈に感動した!!!
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初公開、うちの息子です。まだ、心臓しかできていなかった頃です。
この心臓そのものがピクピク動いていました。
これが私と息子の妊娠生活の幕開けでした。
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by yuyu3711 | 2004-05-25 19:00 | 妊娠編